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ドラマ「クロスロード 〜救命救急の約束〜」 全話視聴しての感想
救命医、救急隊員、警察官が連携して命を救う、というところに魅力を感じて視聴を決めました。
救急搬送される皆さんの中には、家庭環境など深刻な事情を抱えた方がいらっしゃいます。
地域住民について詳しい警察官。患者さんを医師のもとに送り届ける救急隊員。救命処置を施す医師。
それぞれが自分の役割を懸命に果たすことで、より多くの患者さんの命を救うことにつながります。
このドラマを観ていて、私が大好きなアメリカのテレビドラマ「サード・ウォッチ」を思い出しました。
最も事件・事故が多発するというサード・ウォッチ(午後3時~11時・第3勤務シフト)で勤務する警察官、救命士、消防士の活躍を描いた物語です。
ニューヨークが舞台ということもあり、クロスロードよりも何倍もハードなストーリーですが。
全力で応援したくなる若者たち
命を救うために医者になったのに救えなかった経験を噛みしめ、命を救うことをどこまでもあきらめない春木救命医。
患者を病院へ運ぶだけでなく他にも自分ができることをしたい、という強い思いで働く渋川救命士。
交番勤務で得た地域住民の情報を活かし、困っている人を助けたり命を救うために奮闘する横峯巡査部長。
命を救うことが人を助けることになるのか?と自問しながら、優れた技術と経験で命を救っていく桐生救命医。
若いと経験が浅いからできないこともある。それを補っているのが情熱かもしれません。
情熱だけで、できるわけじゃない。それでも、気持ちがない人よりは良い仕事ができると思います。
若者たちの情熱あふれる働きぶりが、眩しくて爽やかで気持ち良いですね。
若者とベテランのバランスが取れた救命チーム
若い医師や看護師は、若いからこそできること、若い者にしかできないこと、それを熱い気持ちで懸命にやる。
ベテランは、それぞれの役割の責任を果たしながら、権威を振りかざすでもなく、部下を見下すでもなく、指導したり助けたり。
ベテラン看護師の遠山さんは、いつも春木先生の状態を気にかけていて、桐生先生に報告や相談。
センター長の高木先生は、管理職ゆえの葛藤がある中で、手が足りなければ手伝い、先輩のために尽力と、やるべき時にはやる。
麻酔科医の権野先生は、独自の信念に基づき若者や後輩を見守り育てる役割を担う。
それぞれが自分の役割に応じて、やるべきことを実践できている素晴らしいチームだと思います。
権野先生の後輩への接し方が素敵

若者はいつだって正しい。でも、正しいは一つじゃない
権野先生が日頃から若者(後輩医師)に対して語っていること。
「近頃の若者は~」的には見ていなくて、認め尊重したうえで導く姿勢が表れていると思います。
声を荒げることが悪だって俺が認めちまったら、これから命の現場で戦う後輩たちが声を荒げることができなくなる
過去のパワハラ疑惑(怒声の録音データ)がSNSで拡散され、病院幹部から謝罪を求められた際に、権野先生が頑なに拒否した理由。
命を救う現場だから、時には声を荒げることもある。
それを肯定するというのではなく、自分が謝罪することで後輩がやり辛くなることを避けたいがためだったのです。
自分は悪者でかまわないから、後輩の未来を守りたかった。
なかなかできることではありませんよね。
ドラマには理想が含まれていることがあります。「現実にはあり得ないと否定してしまうのは、どうなのかな」といつも思います。
理想を実現するきっかけになるだけでも、こうありたいと願ったり心がけるだけでも、何か変わるのではないでしょうか。
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#クロスロード 〜救命救急の約束〜
ドラマ「ザ・ロイヤルファミリー」 感想 イラスト
2025年12月5日にnoteに投稿した記事です
今期いくつかのアニメやドラマを観ていて
絵を描きたいというところまで気に入ったのは
「ザ・ロイヤルファミリー」だった。
このドラマは、キャラクターがとても魅力的だ。
そして、主要キャラクターのほとんどが良い人で
観ていて気持ちが良い。
ドラマなのだから、こういう設定はアリだと思う。
主人公の栗栖栄治は、特別秀でた才能の持ち主ではないが
ほとんど未知であった競馬の世界で奇跡を起こしていく。
彼の誠実さと純粋さによるものと私は考えている。
一生懸命なだけでは結果は出せない。
何事にも誠実に向き合うだけでなく
やり抜こうとする強さも備えている。
純粋であることが良い方向に作用した頑固さは
他人に左右されないことにつながる。
控えめな性格でありながら大事な局面では大胆な言動で
山王耕造を驚かせ「生意気」と言わしめている。
また、競走馬も人と同じくらい存在感を持っていることも
このドラマの魅力だと思う。
馬の瞳の輝きを、走る姿の美しさを、改めて知った。
ドラマを観ていると、チームロイヤルと共に
夢を追いかけているように感じる。
登場人物だけでなく、ドラマを観ている者にも
夢をみさせてくれる素敵なドラマだ。

公式ホームページのトップに使われている写真を模写したもの。栗栖さんに似せられなかったのが残念。
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#ザ・ロイヤルファミリー
ドラマ「放課後カルテ 2025秋」感想
2025年9月25日にnoteに投稿した記事です
主人公の牧野峻は、優れた観察力と診断力を持つ小児科医。学校医の経験により心も診られる医師に成長した。
コミュニケーションの不器用さから誤解を受けることもあるが、人と本音で向き合う飾らない性質によって、子供たちから信頼を得ている。
自分で見つけたからこそ前に進める
白血病の二度目の再発で、生きる意味を見出せなくなった神谷愛莉。
牧野たちは、愛莉が前向きに治療を受ける気持ちになれる方法を探る。
偶然覗いた院内学級で出会った近藤紬と交流するうち、紬に頼りにされていることに喜びを感じるようになる。
治療に前向きになり、以前から好きだったことを楽しんだり、将来の夢も考えられるようになった。
他人から何を言われても、自分で納得できなければ、人は変われないものです。
自ら気づき思うことで、変われるのだと思います。
気持ちを勝手に決めないで
父親が突然新しい母と妹を連れてきたことに戸惑い、家族と上手くいかなくなった藤野一希。やがて、学校生活にも影響を及ぼすようになる。
以前、一希に助けられた水本羽菜は、いち早く彼の変化に気づき、牧野に助けを求める。
一希が抱えているものがあることを、牧野が父親に話したことがきっかけで、一希は自分の気持ちを言えるようになった。
親は、子供に気を使わせたくない、話しても分からないだろうと、家庭や大人の問題を子供に言わないことがありがちです。
それに対して子供がどう思うかまで考えが及ばないことで、疎外感を与える場合があります。
家族に気を使うのは当然のこと。それは子供でも変わりません。子供も家族のために何かしたいという気持ちはあると思います。
子供に負担をかけてはならないと勝手に決めつけるのではなく、話したうえで子供が協力したいと思うのなら、気持ちを尊重したいですね。
知りたいと思う気持ちが大切
牧野と出会ったことがきっかけで「牧野先生みたいなお医者さんになりたい」と思うようになった冴島直明。
心臓病の手術を無事に終え、ほとんど普通に生活できるようになったとはいえ、いろいろと気を付けなければならないことがある。
病気のせいで体験できないことがあり「医者になれるのかな?」という不安を感じるようになっていた。
ある日、直明は小笠原澪がクラスメートから「無視している」と言われているのを見かける。
気になった直明は、放課後ひとりでいる澪に「遊ぼう」と声をかける。直明は澪が聴こえていないのではないかと気づく。
このことで牧野が診察し診断。治療すれば治ると知り澪は笑顔になる。
自分には分からない痛みがあると言う直明に、牧野は「すべての痛みを知る医者などいない」と答える。
牧野は、医師として大切なものを直明が持っていることを伝えた。
大人でもあることですが、特に子供は、自分の身体に起こっていることが分からず、家族に言えないことがあります。
また、家族も、なんとなく感じるものがあっても、見逃すことがあると思います。
直明が、よく見て知ろうとしたことが、澪を助けることへとつながりました。
経験は、知識や技術と違って学習することができません。
直明が病気で苦しんだ体験は貴重なもので、宝物と言ってもいいでしょう。
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#放課後カルテ
AIについて思うこと~創作活動を趣味とする立場から
AIは、人間が行う知的活動を拡張することで、社会全体の生産性や利便性などを向上させ、人間でないとできない創造的で高度な活動に集中できる環境を作り、社会全体が発展することを目的として作られました。
1986年、世界で初めて人間の脳の神経細胞を模倣した計算機の構造を利用した生成型AIプログラムが開発されました。これにより、テキストや画像を生成することが可能になりました。
2000年代には、コンピューターの性能の飛躍的な向上とインターネットの爆発的な普及により、大量のデータを学習させることが容易になり、AIは急速に進歩することになります。
こうして、現在、多くの人がAIでテキストや画像を生成するようになりました。
創造的分野において、著作権、創造する喜びの喪失、創造的職業の性質の変容、依存のリスク、児童学習者の認知機能低下、AIが生成したコンテンツに対する責任、などの問題が提起されています。
参考記事
あなたの知らない AI の歴史
創作を趣味とする人々にも、自分の創作したものがAI学習に使われるのではないかという不安、AIを使ったことを公表しない制作者への不快感、などが広がっています。
私は、AIで作成した場合は、そのことを明記すべきと考えます。
一部にAIを使った場合も、どこにどのように使ったかを書くことが望ましいと思います。
このことで、ご覧になる方から信頼を得られたり、解決できる問題があるのではないでしょうか。
AI使用を公表するかしないかは、良心や倫理観にゆだねるところとなるため、非常に難しい問題であることが悩ましくはあります。
いくら優れた技術でも、どう使うかによって結果や評価は変わります。これは、AIに限ったことではありません。
例えば医薬品。重い病気を治せる薬であっても、使い方によっては人の命を奪うことにもなります。
どう使うかが重要なのです。それを使ったことにより様々な人々に与える影響を考え、認められるような配慮が必要なのではないでしょうか。
また、AIを使っていることが分かると、人間の手で作り出した創作物より低く評価される傾向があるようです。
「自分の力で作っていないのだから当然」と言ってしまうのは、何か違う気がします。
私も以前は「AIで作成したものなんて、作者が見えてこないからつまらない」と思っていました。
AI生成にも、プログラムを使いこなす技術や人が作るのとは違ったセンス、などが必要です。
AIで生成したからといって、すぐに認められるわけではなく、それなりのレベルに達するまでには、時間や労力を費やさなくてはならないと思います。
AIに関して、ほとんど知らなかったのですが、今回この記事を書くために調べていく中で、感じたことがあります。
AIで生成したものと人が作ったものと比べるのは、どうなのだろう。比べるならAI生成したもの同士なのではないかと。
人が作ったもののような違いはないにしても、作り手が持っているものが反映されるようなのです。
そういう違いが分かるようになれば、AIによって生まれたものについても、何かしら楽しめる部分があるのかもしれません。
最後に、手塚治虫さんの代表作である医療漫画「ブラック・ジャック」連載50周年企画として、生成AIを活用して制作された読み切り作品を例に挙げ
この記事が公開された時点で、生成AIは、どこまでのことが可能なのか、どのようなことに注意すべきなのか、書かれた記事を紹介しておきます。
興味のある方は、ご覧ください。
創作現場における生成AIの進展と課題
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パトレイバー EZY File 2 旧作からのファンの感想
機動警察パトレイバー EZY File 1 を劇場で観た時は、ただただ、いま、また、新作を観られたことが嬉しかったのです。
先日、File 2 を公開初日に観ることができました。旧作からのファンの素朴な感想になりますが、お付き合いいただければと思います。
機動警察パトレイバー EZY への思い
パトレイバーを初めてご覧になった皆様の中には、File 1 を観終わった時点で、観るのをやめた方もいらっしゃるかもしれません。
私も、新作を劇場公開という形で良かったのか、旧作のリマスター版を配信でというほうがおもしろいと感じてもらえたのでは?
などと、いろいろ思ったりもしましたが、旧作をリアルタイムで楽しんできたファンとしては、File 3 まで見守り見届けたいという気持ちです。
パトレイバー EZY File 2 各話感想
公式ホームページ
ワインと銃弾
私も20代の頃公務員だったので、職場に査察が入った経験が何度かありました。備品台帳をもとに備品のチェックをしていくのですが、これが結構大変で。
本来、備品チェックは日常的に行うのが望ましいのですが、仕事に追われできていなかったりします。それで査察が入るというので、バタバタッとなるわけです。
特に公務員の場合、備品の代金も税金から支払われているので、しっかり管理して適切に使わなければなりませんよね。
確かに、実弾チェックは人がやらなくても他の方法はあります。でも、やっぱり最終的に確認するのは人なんだと思います。
ホテルの部屋の飲み物のチェックは、冷蔵庫から取り出したら自動的に料金が加算されるようになっているところがあります。
くるみが、実弾もそんな感じでチェックできないのかと言ったら、高級なホテルではそうはなっていないと返されていました。
これは、お客様を信頼しているから、とか、人の手が入らないのは味気ない、ということではないかと思います。
どんなに便利になって、人の代わりができるシステムが使われるようになったとしても、人の手が必要なくなることはない、ということなのでしょうね。
あさき夢みし
一番好きなお話。古い言い伝えと絡めて展開するミステリーは多いですよね。伝承そのものにミステリーの要素があるからかも。
伝承にはファンタジーの要素もあって、情緒的というか物語のラストに余韻があると感じることが結構あります。
今回は十和の相棒である天鳥桔平が中心になって物語が展開します。彼は、星占い好きなロマンチストでありながら、筋が通らないことは大嫌い。
実在しない少女・真名を桔平が見つけたのは、現実にはありえない幻想的なものを信じる部分を持っているからでしょうか。
真名とのやりとりの中で彼が驚くような場面はありましたが、いつも冷静に受け答えしていたのが印象的でした。
必要以上に感情移入せず、真実を見極めようとしていたようでした。筋が通らないことが大嫌いな性分だからかもしれません。
真名が姿を消す直前のセリフが意味深でした。アララギ計画に関わることなのか、最終話「おもちゃの国」につながっていくのか?
真名と桔平
携帯電話がない頃の離れたところに居る人との連絡手段は家電でした。
家電というのは固定電話のことです。十和は分からなかったみたいなので、家に固定電話がないのかもしれません。
固定電話を置かない家が増えてきていますものね。確かに、家族全員がスマホを持っていたら必要ないですよね。
この写真はフリー素材.comからお借りしました
昭和の電話というと、これです。黒電話と呼ばれているものですね。1930年代から1980年代にかけて使用された家庭用電話機。
電話線を通じて電話局から供給される電力で動くため、電源は必要ありません。アナログ回線に接続されていれば、停電時でも電話をかける・受けることができます。
受話器を取った状態でダイヤルを回すと、数字の数だけ電話線の回路を断線させ交換機に伝わり、電話番号が分かる仕組みになっています。
こんなので通話できるの?と不思議ですが、私も実際この電話を使っていました。当時は電話がない家庭もあり、店舗などの電話があるところで借りていたのだとか。
留守電機能もないし、携帯電話のようにどこに居ても通話できるわけではないので、不便だったかもしれません。
でも、簡単に人とつながれなかったからこそ、人との出会いやつながりを、人を大切にできたとも言えると思います。
旧キャラの登場について気になっている方がいらっしゃると思います。
実際の登場はありませんでしたが、遊馬の写真が出てきました。ふーん、年とったらこうなるのか~。
シゲさんが話していたイングラムに思い入れがあるこって、たぶん、野明のことですよね。
桔平が部屋でレコードで音楽を聴いていました。現在もレコード鑑賞が趣味の方がいらっしゃいます。最近また流行っているようですね。
黒電話のように現在は使われていないわけではないのですが、私が子供の頃はレコードで音楽を聴いていました。
サイズは、直径約30cm(LP盤)、直径約18cm(EP盤)があります。写真はLP盤。桔平が聴いていたのはLP盤ですね。
LP盤レコードとCDの大きさを比較すると、CDがかなり小さいことが分かります。CDの直径は12cm。
レコードの音は、盤に刻まれた溝を針がなぞることで起こる振動を電気信号に変換し、それを増幅してスピーカーから出すという仕組みで再生されます。
レコードは、CDではカットされている人間の耳に聞こえない高周波数の音も記録されているため、情報量が多い音になっているのです。
演奏している場所の空気感や楽器の繊細な響きなどが感じられる、レコード独特の音質が大きな魅力でしょう。
また、大きなジャケットは部屋に飾っても映えるので、アート作品のように楽しむこともできます。
レコード針には寿命があるため定期的に交換しなければなりません。針の寿命の目安は約150~500時間と、針の材質などにより異なります。
CDはディスクの情報を読み取るのにレーザー光線を用いるため、レコード針の交換のような手間はありません。
レコードが好きな人は、針交換だけでなく、片面の再生が終わったら盤を返したり、手動で針を盤に置いたり、そういう手間も含めて楽しんでいる人もいるのです。
自動で針を置くプレイヤーもありますし、オートチェンジャー(1枚の再生が終わると自動で次のディスクに切り替える装置)もあります。
長時間連続再生して楽しみたい場合は、こういうものを用いることもあります。レコードの場合も、楽しみ方は人それぞれ。
桔平が聴いていた曲は、フランスの作曲家・エリック・サティが1888年(明治21年)に作曲したピアノ独奏曲ジムノペディ。
第1番から第3番までの3曲で構成され、第1番「ゆっくりと苦しみをもって」 第2番「ゆっくりと悲しさをこめて」第3番「ゆっくりと厳粛に」という指示が付けられています。
この曲が日本で広く知られるようになったのは1975年(昭和50年)なのだそうです。
夢幻的で謎めいていて、奇譚をモチーフとした物語「あさき夢みし」のイメージ音楽的な役割もあるのかもしれません。
恋のサバイバル
十和が子供の頃にガールスカウトに所属していたことが判明。どうりで、サバイバル的な経験と知識が豊富なわけだ。
ガールスカウト、ボーイスカウトは、昭和特有のものではないのですが、私が子供の頃、制服を着た子供たちをよく見かけた記憶があります。
ガールスカウトって何?と思われた方は、こちらをどうぞ。
ガールスカウト 日本連盟
仕事で指揮担当である桔平が先導しようとするのですが、十和のほうが適任と分かり任せました。
そして、十和が足をくじいた時は、普段は頼りない面がみられる桔平が背負って歩いていましたね。
なんだかんだ言いながらも互いに補い合って、いままで知らなかった面を知ることで、絆が深まっていくふたり。
困難な状況が理解を深めるきっかけになることがある、というのは、ずっと変わらないものなのかもしれません。
桔平が十和を背負うことで普段と立場が逆転し、桔平がイングラムに乗った気分を味わう、というエピソードがお気に入りです。
いつまでも、イングラムに乗りたかったと言っている桔平を、からかいつつも理解している十和というのが、良いなと思いました。
叶わないことを思い続けても良いんじゃないかな。私は素敵なことだと思います。
要救助者の無事を知った時に、十和と桔平が同時に「やってらんねえ」と思わず言ってしまった顛末が、めっちゃパトレイバーらしかったです。
パトレイバー EZY File 2 感想まとめ
今年は昭和元年から数えて百年目にあたるのだそうです。(昭和は64年まで)
電話は、いまやスマホに変わり、どこに居ても電話がかけられる、インターネットもできる、ずいぶん便利になりました。
音楽を楽しむのはCDへ、そして、配信やダウンロードへ。レコードのように広い収納場所は必要ないし、聞きたい音楽を瞬時に再生できます。
もちろん、便利になったのは良い事です。でも、便利になると、厄介なことが起こり始めます。
新しいものを正しく使えず事故につながったり、悪用する人が出てきて、いままではなかった事件が発生するようになったり。
スマホでネットができるようになったことで、匿名・流動型犯罪グループのような危険な犯罪集団が横行するようにも。
また、AIの発達、普及による問題も起こるようになってきました。
どんなに便利な世の中になったとしても、どうすることもできないことは起こります。そんな時に必要になってくるのが人の力。
不便だからできないこと、便利になったけど出てきた新しい問題。それに対処できるのは、人間の力でしかできないことだと思います。
最終話「おもちゃの国」では、第一小隊と協力しての仕事になるようですが、おそらく、最新鋭の機体というのが不利になると思います。
旧式の機体を使用している第二小隊の知恵と勇気による活躍が観られそうですね。
今回のエンドロール後のサプライズは、シゲさんと電話で会話する後藤さんの声でした。
畳む
#機動警察パトレイバー